私が代表を務める株式会社セルワールディングには、大切にしている言葉がいくつかあります。
その中のひとつが「挑戦と育成」という言葉。
「挑戦」については、またの機会に触れるとして。
今回はもうひとつの「育成」について書いてみます。
特に少年サッカーコーチや子育ての経験が、その源泉にあるのだと振り返って思っています。
我ながら奥深いテーマを掲げてしまいましたが(笑)
そのお陰でこうやってずっと考察し続けられているわけでもあります。
ところで育成と聞いて、みなさんはどんな想像をするでしょうか。
サッカーや子育ての声掛けを例にしながら、ビジネスの現場と紐づけて考えてみます。
|サッカーの場合|
A「こうやって動けば勝てる」
B「サッカーは勝っても負けても楽しい」
|子育ての場合|
A「この高校(または大学)に行くのがいい」
B「人生は素晴らしい」
|ビジネスの場合|
A「こうすれば儲かる」
B「お客さんとチームになると楽しい」
今回はあえて極端な例えをしましたが、
あなたが声をかけられた側だとしてAとBはどちらが「やってみたい」と思えますか?
どちらが長続きしそうですか?
どちらが最終的なあなたの利益につながりそうですか?
実際の現場、少年サッカーであれ、会社のチームであれ、
知らず知らずのうちに A「こうすれば勝てる」式 の場面になっていることが多いものです。
もちろんその声掛けが必要な場面もあるという大前提は否定しません。
私は、「正解」を教えることによる育成があまり好きではありません。
「楽しさと厳しさ」を伝えることよって本人が悩み乗り越えていく、つまり成長していく姿が大好きです。
指導者の立場になると、ついつい「正解」を教えたくなります。
このポジションで、このタイミングで、こう動け——と。それで試合に勝つこともあります。
でも高学年になるにつれ、勝てなくなっていきます。
自分で考える前に、指導者の正解を探すようになってしまうからなのでしょう。
自分で考えられる選手は圧倒的に強いものです。
これはビジネスでもまったく同じことが起きます。
厳しい局面を「乗り越えた経験」として自分のものにできる人は強い。
乗り越えた人たちは、中盤から後半にかけての伸び率が飛躍的に上がっていきます。
逆に、正解を与え続けられた人は、与えてくれる人がいなくなった途端途方に暮れてしまいます。
ちなみにこの「育成」というものの認識を持っておくと、
上司・部下の関係なく、お互いが育て合う関係になるという現象にも気が付きました。
育成というと、どうしても「上が下を育てる」という図式になりがちです。
「正解」を求めていると「上→下」になりますが、
「楽しさと厳しさ」は誰でも伝えることができます。
「上↔下」双方に、むしろ全方位に矢印が向いていきます。
実際に、若手がベテランを刺激する場面はそこらじゅうで起きていますし、現場が経営を変えることもあります。
「育つ環境」があれば、全員が育つ。そのアンテナを張れる環境をつくることが大事なのだと思っています。
AIがあらゆる「正解」を出してくれる時代になった今、この視点はさらに重要だと感じています。
情報を集める速さも、処理する量も、もはや人間にはかないません。
だとすれば、人間に残る強みはなにか。
それは「なぜやるのか」を自分で決められること、
そして「おもしろい」と思える感度を持ち続けることではないかと思います。
正解を渡す育成は、AIに代替されます。
でも、おもしろさを共に体験する育成は、AIにはできないはずです。
最後に、冒頭の「挑戦と育成」という言葉に戻ります。
挑戦は、一人ではなかなかできません。
失敗を恐れず一歩を踏み出せるのは、その人の周りに「育成の目線を持った人」がいるからです。
背中を押してくれる人、失敗を一緒に受け止めてくれる人。そういう存在が、挑戦の土壌をつくります。
そして挑戦を重ねた人は、今度は自分がその土壌になります。
次の挑戦者を育む側に回り、またその人が挑戦し、育ち、誰かを育てていく。
挑戦と育成は、ループしていきます。
セルワールディングは、このループが回り続けている組織を目指しています。
若手を育てることが難しいと言われるAI時代だからこそ、
「こうすれば勝てる」より「これがおもしろい」を伝える勇気と、
挑戦を支える育成の目線が問われているのではないでしょうか。