2018.Jul.31
スタッフの木部です。
朝起きてなんとなく頭に浮かんだ、『猫のよこ顔』という言葉があります。
どこか可愛らしくて、ストーリーめいた感じがあったのでスマホにメモしました。
なぜ、そう感じたのでしょうか。
最近の仕事の中で、弊社スタッフ辻と、コピーライターさんと
プロジェクトの提案を考える中で、”美意識”という話が上がりました。
連絡用のチームのチャットワークでは、こんな記事が共有されています。
(https://www.kayac.com/news/2018/07/yanasawa_blog_vol43)
言葉に馴染みがないと、
「美意識って、クリエイター独自の?感覚的なやつでしょ?アートとかあれね。」
そう考える人もいるかもしれません。
自分も、どこか感覚的な部分もあり、これが美意識の基準とはっきり言えないところもありつつも、
なにかそこが、世の中でもキーなポイントになってきたと感じていました。
今回はそれについて。
美意識について思い出したのは、あるブランドのシャツの話でした。
そのシャツは、3万円代のイタリアの高級シャツと素材、製法、工場、全く同じに作らており、
値段は1万円以下を実現。
これからはモノの本質的な価値を見る時代です!と、
そんな、記事だった気がします。4年位前でしょうか。
その時は、それは誠実かも?ユーザーにとっては嬉しいな。と思いつつも
なにか引っかかるものがありました。
その商品を否定するつもりはないのですが、
そのことを「モノの本質的な価値として見る」ことには違和感を今感じています。
私の友人でアパレルに務めてる女性がいるので思いだしてみたのですが、
彼女自身の身につけてる服や、アイテムの選びにもどこか惹かれるものがあり、
なにか美意識がやどってるなと。
「いやぁ、やっぱおしゃれだよね!」といえばそれで片付いてしまうのですが、この差はなにかと考えた時、
今は自分の中でこう結論づけて考えています。
『ものに含まれた愛情を見極める力』
これが美意識ではないかと。
ファッションブランドで考えてしまうと、見栄とか、高級志向と思ってしまうかもしれませんが
この部分は別もので美意識と同次元ではない。
最近ずっと、”愛着”という言葉を使っているのですが、それに通ずるものもあるなと。
むしろ、コストや結果=価値として捉えてしまう人には、一生、美学、ロマンなどはわからないんだろうなと。
その反面、最近では、バーバリーが42億円分の処分も話題になったり、
高級ブランドや、ファストファッションのビジネスを見ると、
どこまで美意識で片付けられるのか、わからない部分もあるのも事実ですが。
結果が出なければ、過程に意味はないと言われてしまうのが会社や社会かと思います。
ただ、過程なくして結果がないのも事実でもあり、
その”結果”のかたち自体も昔と変わってきたと個人的には感じています。
ブランディングの中でも、その過程にも目を向けたり、
ものに含まれた愛情にも理解できる人間でありたいとあらためて思った次第です。
もし、結果だけを優先するのであれば、今季ワールドカップ、日本 - ポーランド戦最後の10分を思い出していただきたいです。
賛否両論あるし、選手たちを攻めるつもりもない。結果だけを求めたあのプレーは海外からどう反応をあびたか?
一方で、FCバルセロナでは、勝つという目的の他に、『 GIVE A GOOD IMAGE 』という合言葉がある。
応援してくれる人や観客に対し、good!これこそバルセロナだ!というプレーを見せるということを選手は共通意識をもっている。
この言葉は、一種のコミュニケーションワードでありファンと繋がりつづける想いが込められていると思うのですが、
それはまた、別のお話で。
さいごに、美意識ということで行きたいと思ってるお店をひとつ。
『オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー』(代官山)
参考:https://www.fashion-press.net/news/37398
パリ発のスキンケアやフレグランスを扱っていて、パッケージや店舗の内装が素敵。
商品によって店舗スタッフがカリグラフィーを書いてくれます。
先の友人に聞いてみたところ、
自分「知ってる?オ、オフィ、オフィシーヌ・・・」
彼女「ビュリー?持ってるよ。あたしパリで買ってきたし。」
うむ。